*過去、この映画について3日に渉って書いた日記を転載しますが、めちゃくちゃネタばれです、ご注意ください。レビューにある通り凝りに凝った作りです。同じ映画について3回続けて書くなんて、当時どんなに衝撃を受けたかが分かります、読み返してみても。「めぐりあう時間たち」をまた見たくなりました。
(1)2004年10月17日(日)
1941年、イギリス・サセックス。入水自殺を図ろうとする作家ヴァージニア・ウルフ(ニコール・キッドマン)。
1951年、優しい夫と可愛い息子、ロスで幸せな生活を送る妊娠6ヶ月のローラ(ジュリアン・ムーア)。
2001年、ニューヨーク。エイズの元恋人リチャード(エド・ハリス)の世話をしているパーティ好きのクラリッサ(メリル・ストリープ)。
何ら関係のなさそうな3人の女性が連続で現れ、戸惑った。V.ウルフのほうは更に過去に遡り、23年「ダロウェイ夫人」執筆中のエピソードが語られる。
精神を病んでいるヴァージニアはともかく、ローラとクラリッサがどこか不安げに見えるのは何故か。その理由も次第にわかってくる。複雑ではあるが集中してみていれば問題ない。ヴァージニアの遺書には「集中することができません」とあったっけ。
ローラはヴァージニアの「ダロウェイ夫人」の愛読者だ。決意を秘めてホテルに行く時も大量の睡眠薬とともに、この本をバッグに忍ばせている。
クラリッサのあだ名がなぜ「ミセス・ダロウェイ」なのか、そしてローラとクラリッサはどういう繋がりがあるのか或いは無関係なのか? といった謎解きを追うだけでも立派なミステリーなのだが。とてもここには書ききれないが、それぞれが抱える人生の辛さ、痛み、歓びにさえつきまとう哀しみ。いろんな個所で共感の涙があふれてしまう。ヒロインたちもよく泣いていたが。
監督はスティーヴン・ダルトリー、あの「リトル・ダンサー」の!
あの映画はビリー少年のバレエへの情熱を描いていただけではない、彼に思いを寄せる男の子へもきっちり応えていたビリーは、バイセクシャルともいえるし、ラストシーンはアダム・クーパーが踊る男性版「白鳥の湖」だ。
「めぐりあう時間たち」(02・米)のヒロイン3人も相当に屈折している。V.ウルフには女性の恋人がいたはず、偽装結婚?
ローラが厭世的な気分になるのは友人が子宮の手術を受けるのが原因? 夫は内気なローラを幸せにすることが生きがいだが、ローラが本当に求めていたのは?
クラリッサは更に複雑だ、かつてゲイのリチャードと愛しあったものの、彼を男性に奪われ、今は女性の恋人と10年も同棲しているが、本当に彼女を愛しているのか?
万華鏡のように見るたび印象が変わる深い映画なのは確かだろう。とりあえず、もう一回見てみよう。
(2)2004年10月18日(月)
「めぐりあう時間たち」にはそれぞれ印象的な3人のヒロイン(3人のダロウェイ夫人)が出てくるが、脇の存在も強烈だ。
「クラリッサ、僕は君のために生きてきた。でももう行かせてくれ」。
2001年のリチャードはそう言って命を終える。エイズを病み疲れて、早く楽になりたかったのだ。かつての恋人クラリッサが献身的に看病するから、彼女のために死なないできたが、もう限界だった。
1951年のロスでは、ローラがホテルで死を決意している。小さな息子を残して? お腹の中では新しい命が育っているのに? 彼女の苦悩を理解したのは、物語終盤、というより見終わって解説を読んでから、が正しいかも。
女性を愛するローラは、そのために内気だったのだろうか。子宮の手術を受けるキティは不妊で「女は子供を産んで一人前」とローラに言う。ローラが愛しているのはキティのようなのに。このジレンマ。非の打ち所のない幸せな一家に見えたのに。
ローラが死のうとしたのは、事情を知ればけして唐突ではなかった。その時、死を選ばなかったローラは、しかし家族には辛い道を、結局は選んでしまうのだ。お腹の子が生まれてから家族を捨てたのだ。自分らしい人生をやりなおすために。
そして、ローラの息子がリチャードだった、と知ったときの驚き。やけに神経質そうな敏感な子のようだったが、なるほど成長して作家になったか。で、自伝的小説の中では母親は死んだことになっている。リチャードの訃報を聞いてやってきたローラ。夫は癌で死に、娘も早世。老けメイクのジュリアン・ムーア、勇気があるなあ。(やっぱり若く見えるけど)
こうして意外な形でローラとクラリッサは出会う。
母の失踪、というと、私の母も一時「蒸発」(人間蒸発、という言葉が流行ったころ)したかったそうだ。職場復帰するつもりが、また妊娠でダメになった。
「私は女中じゃない!」
ある大晦日、母がキレたことがあった。私は母の剣幕に泣きながら部屋の片付けを始めた。母の気持ちが、いまはわかる。とりあえず、母はローラにはならないでくれたのだった。
映画を見ると、本当にいろんなことを思い出すものだ。
(3)2004年10月25日(月)
「めぐりあう時間たち」で忘れられないキャラがもう一人いる。ローラの夫、ダン(ジョン・C・ライリー。「グッド・ガール」でも鈍い夫を熱演。貴重な役者だ)。
映画の冒頭、彼はローラを起こさないようそっとベッドを離れ、花を買ってくる。その日はダンの誕生日だったのだ。
そんなめでたい日にローラは自殺を図る。息子リッチーと一緒に作ったケーキが上手く出来なかったことが、引き金になっていたのかも。
ローラが思いを寄せているらしいキティが訪ねてきた時の会話。ローラはこう言う。ダンは戦争で大変だったからいい思いをさせてあげないと。
「いい思い?[Deserved]」キティが訝しげに問う。ローラは「ほら、家族や、このすべて…」。いま見てもすてきな家だった、51年当時に望める最高の生活だったろう。
場面は変わって23年のサセックス、バージニア・ウルフと夫の会話。新作「ダロウェイ夫人」で主人公を死なせようとするウルフに夫が反論する、意味があるのかと。
ウルフは考えを変える、「別の人に死んでもらうわ」。
ベッドの上で膨らんだ腹を出し、そっと撫でてみるローラ。中には6ヶ月の第2子が。それでも死ぬ気なのは、なぜ?
どっと水が湧いて、ローラのベッドを呑みこむ。ウルフの入水自殺と重なるイメージだ。ローラは起き上がり「できないわ!」。
そして息子(別れの時、異様に泣き叫んだのは、母との永遠の別れを察知したからか)を連れて自宅に戻り、楽しいバースディ・パーティ。
ダンはご満悦で、ローラとのいきさつを息子に語る。「ママを思って南太平洋の激戦に耐えた。彼女を、この家に連れてきて幸せにしてやりたかった。」
夢は叶ったはずだった。ローラはなんて幸せな奥さんなのだろう。だがローラの心は地獄なのだ。本当に愛しているのは同性の友人で、彼女は手術で死ぬかもしれない。
キティの手術、自殺未遂…。めまぐるしい一日の果てに夫がベッドに誘う。涙をこらえ「歯を磨いてるの」と時間稼ぎをするローラ。
ダンはとてもいい人なのだ、素朴にローラを愛し、幸せにしてやりたいと単純に思っている、それが悲劇。
ローラとダンのカップルだけで映画が一本できてしまうほどの濃密な「めぐりあう時間たち」だった。
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