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めぐりあう時間たち(2)

Cimg0015  shitoさんの「傍流点景」の「めぐりあう時間たちへの耽溺」は衝撃だった。自分も3回見て、かなり濃い感想を書いたつもりだったが、shitoさんの足元にも及ばない。あのときの言い知れぬ感情がよみがえり、どうしても再見したくなった。

 BBMとも通じるものがある同作品。前回の感想は下記から。

★下記の感想、この記事及びコメントも含め、基本的にネタばれです。BBMのラストにも触れてますのでご了承ください。

http://emmanueltb.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_b9c9.html#comments

 再見したのは1ヶ月も前だけど、なかなか感想を書けず。BBMのことやshitoさんの視点も新たに加わり、見ていて涙が止まらない。見終わってからも泣いてばかりで目が痛かった。監督(「リトル・ダンサー」のS.ダルトリー)と原作者のマイケル・カニンガム(ゲイだそう)のコメンタリ付きでさらにもう1度見た。

 やはりローラ(ジュリアン・ムーア)の存在が胸を締め付ける。カニンガムは、彼女はレズビアンではないと。では友人キティへの思いは? イニスにとってのジャックのようにソウル・メイトだったのだろうか。しかしローラの片思いなのだ。
 子宮の手術を受けるキティにローラはキスをする。キティは「やさしいのね(You sweet.)」と言い、すぐに別の話に。全くローラの気持ちがわかっていない。
 
 女同士のキスは3度出てくる。次はヴァージニア・ウルフとその姉の。コメンタリーによれば、精神の病に苦しむウルフが姉から生気を吸い取ろうとするのだ。
 最後はクラリッサ(メリル・ストリープ)が同棲中の女性の恋人と。これは先の2つと意味がぜんぜん違うが、10年も同棲している彼女は親友に見え、セクシャルな関係があるようには? 

 クラリッサは、元恋人でエイズ患者のリチャード(エド・ハリス)を介護している。彼は作家だ。今夜は彼の受賞パーティ。しかし…。
 あのエド・ハリスがエイズ患者の役とは。「アポロ13」の頼れる指揮官や「スターリングラード」の冷徹なナチスのスナイパーの印象が強い彼が、ゲイのエイズ患者!
 僕は男を見る目はある、とマイケル・カニンガムが言っていたっけ。エド・ハリスを選んだのは正解だったと。こんな役を受けたハリスもさすが。

 クラリッサは複雑だ。前にも書いたが、リチャードを男性に奪われている。それがルイス(ジェフ・ダニエルズ)だが、リチャードとルイスの関係もとっくに終わっている。ルイスはいかにもゲイ、といった感じのやさしげな男性。
 さて、クラリッサには大学生の娘ジュリア(クレア・デーンズ)がいる。ジュリアは言う、ママの友達はみんな悲しそう、と。コメンタリーによれば、年をとるというのは喪失を積み重ねることだ。だから悲しそうに見えるのだと。
 確かになー。年を重ねることで強くもなり哀しみに鈍感になれる1面もあるけど、何かを失っていく連続なのは確か。

 ところで私は、BBMと「めぐりあう時間たち」に同じ[deserved]という言葉が出てきたことにこだわってしまった。
 賞賛に値する、当然の報い、と賞罰両方の意味があるようだ。だから「めぐりあう時間たち」ではローラの夫ダンが太平洋戦争の激戦に耐えて「いい思い」をするのだし、「牧場主任の『妻』」と関係し「ラリーンか彼女の夫に撃たれる」と告白したジャックは「自業自得」とイニスに笑われるのだが。どちらも同じdeserved。

 ラスト。クラリッサがジュリアを人工受精で産んだ、と聞いてローラは「子供が欲しかったのね。幸せね」と。
 ああ、やっぱりローラは子供を望んではいなかったのだ。それが再見して、いちばん知りたいことだった。

 BBM(74)でも紹介した知人の話をもう1度。彼女を思い出したのは、BBMというより「めぐりあう時間たち」のせいだったと思う。あのとき、私はこう書いた。

【彼女は生身の男性には興味がなかったみたいです。といってレズビアンではありません。性的なことがなくてもOKというか。そういう人もいるのです。でも、結婚を強要された。お見合いして式を挙げ、すぐに妊娠、とてもショックだったそうです。】

 妹さんと同居していた彼女。どちらか一人が結婚すればいいのだから、私がする、と言った。私も同じ状況に置かれたらそうしただろう。何一つ姉らしいことをしてやれなかった妹だ、せめて…。

 しかし何故、彼女は結婚しなければならなかったのか。詳しい事情はわからないし私が口出しできることでもない。ただ、望まない結婚を娘に強いた親がいたのは事実。
 無理に男を受け入れさせられ、子供まで。BBMを知ってあれこれ考えるようになった今、これは犯罪ではないかとさえ思う。当時の私はあまりに鈍感だった。
「あなたの自由のすべてがうらやましい」と言った彼女の真意を当時、私は理解していたか。彼女は元気だろうか、そろそろ成人を迎える娘さんと、うまくいっているだろうか。

 冒頭に貼り付けたのはうちのベランダのアッツ桜。「めぐりあう時間たち」は花と縁が深いから、ということもあるが、実はこの鉢、あの彼女からもらったのだ。

 鉢物をもらってもすぐに枯らしてしまう私だけど、これだけは20年以上、毎年、可憐な花を咲かせてくれている。
 彼女からもらったことさえ忘れてたけど、今年はBBMと出会い「めぐりあう時間たち」を再見したこともあり、とりわけ「よく咲いてくれたね」の思いが強い。
 なんのケアもしないのに、毎年健気に咲いてくれて。「私を忘れるな」という彼女のメッセージなのかもしれない。

 愛し合って結婚できたら素晴らしいけれど、結婚が必要でない、それどころか苦痛な人間もいるわけで。世間体や親のプレッシャーなどで泣く泣く結婚する人間も多いのだろう。

 なんとかして、それぞれが自分らしく生きていける世の中にしないと。それには一人ひとりの考えが変わることが必須。お母さん方の柔軟な教育に期待してしまう。

「それぞれの個人が自分らしく生きていける社会」の確立。それは、BBMや「めぐりあう時間たち」に込められたメッセージでもあるはずだ。

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コメント

sumisuさん、こんばんは。

「めぐりあう…」見てくださったんですね、嬉しいです。「ダロウェイ夫人」の感想もアップしてありますので。(映画た)

>彼女の「死のような暮らし」は
眼で全て語られています、、それを見抜けない夫の、なんと、鈍感な事、、、。

ジュリアン・ムーアは本当に素晴らしいですね、コメンタリーでもベタ褒めされてました。「どうしてあんな演技が出来るのか」と。
夫役のジョン・C・ライリーはジェイクが出た「グッド・ガール」でも鈍い夫を好演してました。いい人のなんですが、ローラの哀しみは想像もつかなかったでしょうね。妻に出て行かれ人生が狂ったのでは?


>リチャードが、母の花嫁姿の写真を眺める辺りから、号泣、、、思うに情緒不安定の母を持つと、その子供は本人が辛いほど、感受性が鋭くなってしまうと思います。私の意識は彼に完全に同化してしまいました、、。

リチャード=あの小さなリッチー、と気づいて驚愕でした。母親が安定してないと子供が不安になってしまうんですね。ローラも辛かったでしょうけど。リッチーが傷ましすぎます。

>キティの「母でないと、一人前の女でない」
このセリフがかなり引っかかりました、、結婚しないと一人前でないとか、子供も産まないととか、、

50年代初頭ですしね。日本は今でも平気で「子供はまだ?」「いないと寂しいでしょう」とか口にしますよね、欲しくても出来ない人、子供をつくらない主義の人もいるのに凄い無神経。

>死を持ってして、愛する人を苦痛から解放してあげる、ヴァージニアとジャックが重なりました。

そうですねー。ジャックは望んだ死ではなかったけど。でもヴァージニアの死は不思議と悲しくないのです、前向きの選択をしたというか。

>ゴッホはテオを一枚も描いてないのです、、それは、描けなかったらしいです、、あまりに、魂を預けた相手だったので、、。

そうなんですかー、ゴッホとテオの絆の深さは聞いてましたが。ゴッホの死後も絵の管理等、ぜんぶテオがやってたとか。兄の死は打撃だったでしょうね。

「傍流点景」さん宅の「めぐりあう時間たち」レビュー、とっても深いですよ。BBMレビュー集から飛べますので、よろしかったら是非どうぞ。

投稿: びあんこ | 2006年5月26日 (金) 04時16分

こんにちは、びあんこさん。ここのコメントを読んで、急いで借りに行きました。まず、「ダロウェイ夫人」を理解しないと、、とネットで検索。観終えて、女優さん達の演技の素晴らしい事!ニコールにあまり興味がなかったのですが(彼女のいい女目線が苦手で、、)、ヴァージニアの芸術家であるがゆえの神経質な性格を的確に表現出来ていました。又、ジュリアンは”眼”で語れる女優さんですね、、彼女の「死のような暮らし」は
眼で全て語られています、、それを見抜けない夫の、なんと、鈍感な事、、、。
メリルは、やはり素晴らしい演技力です。彼女は皺の1つ1つが美しい、、(ハリウッドでは女優さんは、変に皺とか取ってそうで、、)
フランス女優さんでは、いい年の取り方の方はいてますが、メリルも美しい年の取り方だと改めて感じました。娘役の方も利発な感じがよく出ていて、彼女が居ると居ないとでは、映画全体の”救われ方”が全然違うと思います。
リチャードが、母の花嫁姿の写真を眺める辺りから、号泣、、、思うに情緒不安定の母を持つと、その子供は本人が辛いほど、感受性が鋭くなってしまうと思います。私の意識は彼に完全に同化してしまいました、、。
キティの「母でないと、一人前の女でない」
このセリフがかなり引っかかりました、、結婚しないと一人前でないとか、子供も産まないととか、、社会の呪縛で自分の人生を生きれないなんて、、。
死を持ってして、愛する人を苦痛から解放してあげる、ヴァージニアとジャックが重なりました。
又、ヴァージニア姉妹の関係は画家ゴッホと弟テオの関係を彷彿とさせます。ゴッホは自画像は描いていましが、彼の一番の理解者であったテオを一枚も描いてないのです、、それは、描けなかったらしいです、、あまりに、魂を預けた相手だったので、、。

投稿: sumisu | 2006年5月25日 (木) 13時52分

エッタさん、ライチ茶さん、コメントありがとうございます。
BBMとはまた違う意味で大好きな作品なのでとても嬉しいです。
まとめレスでごめんなさい。


★エッタさん

羊番は犬に任せて(笑)、どんどん遊びに来てくださいね。

やはりローラに思い入れのある方が多いのですね。私の場合、前の感想に書きましたが、母が蒸発したいと思い詰めた経験があるそうです。母がローラのようになっていたら10歳の私はやはり許せなかったと思います。

だからリチャードの痛みも想像はできますが、1人の女として考えた場合、非難はできません。「後悔して何になるの?」、私も沁みました。どんな犠牲が伴おうと生を選んだローラ。生きていてくれてよかった。

>「観る者の心を映す鏡のような映画」とはBBMを語る時によく使われるフレーズですが、この映画もまさにそうだと思っています。

本当にそうですね。また見たくなりました。もっとたくさんの人に見て欲しい映画です。


★ライチ茶さん

こんにちは。こちらにもコメントありがとうございます。

>観た時なんだか心臓掴まれたような感じでした。感動とかではなく…不思議な感覚だったのを覚えてます。

構成も変わっていますし、流れを掴むまでは戸惑いもありましたがぐいぐい引き込まれて。不思議な魅力の映画ですよね。

>同性に対して「好きで大切な人で、一緒にいたい人」と思う事=同性愛、になるかどうかというのが難しいところなんですよね。

本当ですね。「好きで大切で、一緒にいたい」だけなら私も親友にもそう感じていましたし。
ローラのことをまた考えてしまいました。

投稿: びあんこ | 2006年5月25日 (木) 06時41分

びあんこさん、こんばんは。
『めぐりあう時間たち』とても好きです。観た時なんだか心臓掴まれたような感じでした。感動とかではなく…不思議な感覚だったのを覚えてます。
この映画で一番印象深いのは私もローラでした。
彼女がレズビアンか否か、というのは人それぞれ解釈があると思うのですが(原作者は否なんですね)、同性に対して「好きで大切な人で、一緒にいたい人」と思う事=同性愛、になるかどうかというのが難しいところなんですよね。やはり人によっては、それは愛だ又は恋だという事になるのでしょうが、そうなのかなぁと昔から思っていて今も解りません。
びあんこさんのレビューを読んでまた『めぐりあう時間たち』観たくなりました。

投稿: ライチ茶 | 2006年5月25日 (木) 00時35分

こんにちは。
一度禁を解いてしまうと毎日のようにおじゃましてしまって・・・「羊番はどうした」とアギーレに叱られてしまいそうです。とんちんかんなことを書いてヒンシュクを買うのも時間の問題ではと恐れつつ・・・。
私はこの映画を結婚生活を岩のような心で(心に思いっきり蓋をして)送ったことのある者としてローラに感情移入しながら観ました。ピークではなかったけれどまだまだ苦しさが続いている時に観たので、とても救われたのを覚えています。私が救われたのはローラの終盤の台詞です。後にDVDで再見したときは思わず一時停止をして台詞をメモったほどです。英語に疎いので字幕を書き写しただけですが。
曰く、「後悔していると言えたらいいのに。きっと簡単よ。でも何のため?後悔してどうなる?ほかに方法がなかった。重荷を一生背負うわ。誰も私を許してはくれない。あの暮らしは死だった。私は生を選んだの」。
「観る者の心を映す鏡のような映画」とはBBMを語る時によく使われるフレーズですが、この映画もまさにそうだと思っています。
それでは失礼しました。

投稿: エッタ | 2006年5月24日 (水) 14時04分

真紅さん、こんにちは。

こちらにもコメントありがとうございます。やっと再見しての感想を書くことができました。

>BBMが好きな人は、『めぐりあう時間たち』も好きなんじゃないかな・・となんとなく思っていましたが、この記事の最後の三行でその理由がわかりました。

「めぐりあう…」は好みでない方もいるかもしれませんが、真摯にセクシュアリティや人生そのものに取り組んだ作品だと思います。

ぜひ真紅さんも再見なさってくださいね。コメンタリー、よかったですよ。主演女優たちの方も聞きたかったのですが、これ以上泣かされるのも…と自粛してみたり。

投稿: びあんこ | 2006年5月24日 (水) 06時36分

びあんこさん、こんにちは。
BBMが好きな人は、『めぐりあう時間たち』も好きなんじゃないかな・・となんとなく思っていましたが、この記事の最後の三行でその理由がわかりました。
私も大好きな映画です。機会をつくって是非再見したいと思っています。コメンタリも聴きたいですし。
ではでは。またお邪魔します。

投稿: 真紅 | 2006年5月23日 (火) 23時49分

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