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薔薇忌

478 どうしてこう皆川博子の作品は手に入りにくいのだろうか。この傑作短編集「薔薇忌」さえ品切れになっている。「薔薇の花びらで窒息死させる」という話が、表題の「薔薇忌」に出てくるのだが、アルマ=タデマ「ヘリオガバルスの薔薇」を思い出してしまう。実際に花びらで死ぬのは難しそうだが。

http://julius-caesar.vis.ne.jp/gallery_Elegabalus.htm

 どの作品も妖しさ満点だが、私はとりわけ「化鳥(けちょう)」が気に入っている。

 主人公は芸能プロデューサー、西賀。彼はかつて杏二という少年を歌手にすべく上京させた。少年たちによるバンドが台頭していた頃、とあるから、間違いなくモデルは沢田研二だろう。デビュー当時の彼は、こんな話のモデルになってもおかしくないくらい美しく、グループサウンズ(GS)ザ・タイガースのボーカルとして絶大な人気を誇っていた。

 杏二以外のメンバーに用はなかったが、西賀は一応、彼らも一緒にデビューさせる。売れっ子になるがGSブームはすぐに去る。相次ぐ解散。そんなとき、メンバーの一人が杏二と無理心中を図る。

「西賀さん、俺、死ぬらしい。」杏二は何箇所も刺され、西賀に電話するのが精一杯だった。しかし心中をしかけたメンバーは絶命、スキャンダルになってしまう。

 年月が過ぎ、西賀は杏二を楽劇「滝夜叉姫」の舞台に起用する。男が扮する女でなければ滝夜叉姫の妖美は表現できない、と。しかし舞台の初日、西賀は宙吊りのワイヤに…。

 歌舞伎の衣裳についての記述が強く印象に残っている。

「ばかばかしいほど大げさで嵩だかくて圧倒される。一人の人間の身を飾るのにあんなヴォリュームが必要なのか。ことに赤姫や花魁など、衣裳のほうが人間を超えた力を持っているんじゃないかと。衣裳が役者の体を操り動かしているような。」

 パリ・オペラ座のバレエ「嵐が丘」の映像を見ていて、この台詞をふと思い出した。それはエドガーが踊りながら次々と上着を着こんで着膨れていくシーン。経る年月を衣裳の重ねで表現したのだろうか。なんとも不思議で異様な光景だった。

http://www.so-net.ne.jp/e-novels/tokusyu/m001-1/syokai.html

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