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一露

Tuyukusa 「一露(ひとつゆ)」は、石川淳の短編小説です。応永の乱を背景にした作品で、下記で本文も少々読めますしタイトルの由来もわかります。

http://www.c-able.ne.jp/~yabara-f/oouti/are/are-2.htm

 長編小説ではなんといっても皆川博子さんの「瀧夜叉」が忘れられませんが、短編はこの「一露」に止めをさします。あのラストシーンを思い出すだけで今も胸がどきどき。

 右源太という武士が、上記にあるように弟・左源太と酒席で争い、左源太を斬る。主の仇、と切りかかる念者・次郎丸はやすやすと取り押さえられ、愛い奴だ、と。そして右源太は自分の念者・太郎丸を、主の危機に何もできぬのか、でくの坊め、と殺してしまうんですね。でもって太郎丸、次郎丸は、これまた兄弟。(汗)次郎丸はその夜から右源太のものに。

 次郎丸は兄を殺された恨みを言うでもなく、右源太にまめまめしく仕えます。あるとき、この国の三悪を挙げるとすれば、と問われた次郎丸は、2人まではすらすらと口にするが、はてその三は、その三はと言いよどむ。

 右源太が次郎丸に餅を与えたとき。次郎丸は半分食べて、残りを懐にしまいます、私には大きすぎるので後で食べますと。主からの賜りものは餅半分であっても捨てられぬと言う次郎丸を、右源太は愛しく思う。

 右源太は悪行を重ねる。盗みは日常茶飯事、女子供も平気で殺す。そして唐突に次郎丸は右源太に斬りかかる、「その三」は右源太自身のことだったのです。こんな悪党は許しておけぬ、と気色ばむ次郎丸。右源太は、

 お前の腕では俺を殺せぬ。しかし害悪を取り除こうというお前の心意気は認めよう。俺を殺せるのは俺を措いて他にはおらぬ。

 次郎丸を抱きかかえ、その胸に太刀を突き立て、右源太自分の胸をも貫くのです。

 心中? そんな単純なものではない。次郎丸を成敗せねばならぬ。しかし国を乱す害悪を取り除こうとした次郎丸の願いを叶えてもやりたい。ならば次郎丸と共に死ぬしかない。そういうことなのだろうか。

 たった19Pほどの短編、二人の心の動きの描写もない、事実が淡々と語られていくだけ。それだけに、あれこれ想像してしまうのです。主君と兄を殺した男に抱かれることを、本当のところ次郎丸はどう思っていたのか。そして右源太への思いは憎しみだけだったのか? 二人の夜伽の睦言だとか、いろいろと。

 男同士の愛を描いた小説はいくらもある。しかしこの「一露」は特別中の特別。それが愛なのかどうかも含めて、いつも、いつまでも謎であり続ける一編です。

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