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ブロークバック・マウンテン(53)

Wallpapers541_jack_3  この画像は2月21日の「BBM(22)」でも使用しましたが、当時はまだ公開前でどんなシーンか不明。やっと画像の貼り付け方が分かった日で、嬉しくて、真っ先に大好きなこれを貼り付けました。

「ダウンロード画像でいちばん好きな、このジャックの横顔から。どんなシーンなのかまだ分かりませんが、ほんのり幸せって感じの表情がいいですね。」と当時、書いています。なんだかすごく昔のことみたいですが。
 ここにきて、ヒースよりジャックに思い入れが出てきたので、今日はジャックについて。

★以下、例によってネタばれです。

 んー、今日は体調がよろしくない&色んなブログ読みすぎて頭が混乱。特に「ジャックはしつこい女の子みたい」つー記述がどうにもカチンときて。いや、誰がどう感じようがいいんですが。
 どうも大好きなジェイクが演じてるせいか、繊細だとは思うけどジャックは飽くまで男(の子)なんで。

 気を取り直して、と。画像のシーンは4年ぶりで再会した二人が山でキャンプしている場面でした。4年ぶりの再会、イニスもジャックも満ち足りています。
 寝そべって夜空を仰ぐイニスに、ジャックは「天国を見ているのか?」と。
「感謝の祈りをささげていた。お前がハーモニカを忘れてきたから静寂を楽しめる」。
 憎まれ口を叩くイニスですが、テントのそばや馬上で調子はずれなハーモニカを吹いていたジャックを愉しく思い出していたに違いありません。

 そして、ジャックの提案。「いつもこんな風に暮らせるんだぞ」と。二人で牧場をやろうと。しかし、イニスは賛同しない。ときどき会うのが精一杯だと。

「ときどきって? 4年に一度か?」(オリンピックかい!)
「そうじゃない」
 と、イニスはゲイのリンチ殺人の件を告げる。そして耐えるしかないんだと。
「耐えるって、いつまで?」
「耐えられる限り。終わりはないんだ」

 ジャックのがっかり顔。私もがっかり。ここでイニスに見切りをつけるべきだったかも。それじゃ映画が成立しませんが。

 次にカワイソなのは、なんといっても離婚成立シーン。ワイオミングに向かうジャックはご機嫌、ラジオに合わせて歌っちゃってりして。それが娘たちと週末を過ごすってんでイニスに追い返されます。ジャック、動揺を隠すように視線を道のほうに移す。白いトラックが走っていきましたね。
 じゃー来月、とものわかりよく帰路につくが、涙が出てしまう。脚本+予告で酷いなあ、と思ったけど本編を見たらますますジャックが哀れ。メキシコ行きを責めることはできません。自然な流れで「浮気」を描いてますよね。

 で、圧巻の最後の逢瀬になるわけですが…。
 ジャックはここに来てようやく20年の鬱憤をぶちまけます。「いい生活を送ることも出来たのに、お前が嫌がった。」
 対するイニスは「お前のせいでこんな人間に」て人のせいにして泣くのか! 泣けば済むと思って、と。これはすぐ職場でメソメソする女子に言う言葉だったわね、失礼。

 ジャックはそんなイニスを見て「いいんだ」(いくないって)。あまつさえ「Sorry.」だって。これはジェイクのアドリブらしい、とみちるさんに教えていただきましたが。
 ジャックったらイニスが可哀想になっちゃったのね。イニスって得なキャラね。なんて書くとイニス嫌い? と思われそうですが、もちろん二人とも好きなんです。

 ぜんぜんまとまりませんが、今日はこれにて~。

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コメント

>みちるさん

すみません、せっかくの名シーンに水をさしてしまって。
正確には「4年に一度か」じゃなく「また4年後か」だったかも。今日6回目を見に行くので確認しますね。どちらにしてもオリンピックだわ、と最初に映画を見たとき思いました。
そういえば2012年はロンドンでオリンピック開催ですね。

>ジャックはイニスの頬を慰めるようにそっと手の甲で撫でてから、ぐいぐいっとわずかに揺らしてたはず。

そうでした、なんとも言えない表情とあいまって私も大好きなシーンです。

モーテルでの会話(映画ではキャンプ)は、原作を読見直しましたが、それほど決定的なずれは感じられませんでした。映画で最後の逢瀬にそれを持ってきたのは成功だったと思います。


>ぐりさん

こんにちは、コメントありがとうございます。

>無条件で受けいれてくれる人がほんとうにほんとうに必要だったんだなあー、と、心底から哀れになるような「sorry」だなと。

本当ですね。イニスにはジャックがどうしても必要だったのに、あんなことになって残念でなりません。いつも人は気づくのが遅すぎるんですね。

原作でイニスは、「人生でこんな楽しい時間を過ごしたことはない」と思います。ジャックと関係をもつ前です。ほんとに寂しい人生を送ってきたんだなあ。

>「特別な人間だから、家族の墓にはふさわしくないと思ってたんだろう」というところ。

私は元々、ジャックが自分はゲイだから家族の墓に入れない特殊な人間、と解釈してました。原作でもspecialとなってますが。「特別」と訳すとぐりさんが書かれたような「他の人間とは違って偉い、とかそこらへんの凡人とは違う」といったニュアンス(ですよね?)にとられるかもしれません。
「特殊」とか…他に何かいい訳ありますでしょうか、言葉は難しいですね。

「地獄に落ちる」は私も常々、自分は地獄行きと自覚してるせいか、あまり深く考えなかったのですが、確かにキリスト教徒ならば口にしにくい言葉かも。
最後の審判のことかなあ、とも思ったのですが。

>けっこう彼は彼なりに真面目な人だったのかもなと。

台詞だけしか出てきませんが、毎年、ジャックは実家の手伝いに行ってたんですね。またせつなくなってきました。

投稿: びあんこ | 2006年3月29日 (水) 09時30分

こんにちは。
私はこのクライマックスの口論でジャックが「sorry」といったとき、最初のブロークバックでの下山の日に転げていてイニスが鼻血をだしたときの「sorry」を思い出しました。
あのときも別れ際にふたりは喧嘩して、20年たってまた喧嘩してる。それでどっちが悪いわけじゃないのに(あえていえばどっちも悪い)、謝るのはジャックで、慰めるのもジャック。
親の愛情に恵まれず家庭に居場所がなかったイニスには、ジャックのようにこうして無条件で受けいれてくれる人がほんとうにほんとうに必要だったんだなあー、と、心底から哀れになるような「sorry」だなと。

※以下ネタバレありです。

あとちょっとジャックつながりですが、原作の翻訳でも映画の字幕でも微妙にひっかかったのが、ジャックのおとうさんが「あいつは自分は特別な人間だから、家族の墓にはふさわしくないと思ってたんだろう」というところ。
これハッキリそうとは書いてないけど、ジャックは自分がゲイ(ふつうの人間じゃない)だから、信仰心から、お墓が自分にふさわしくないんじゃなくて、自分自信がお墓にふさわしくないと思ってたんじゃないかな?と感じました。「オレたちみんな世界の終わりに地獄に落ちるんだ」という台詞もあったし。
訳だとなんだかジャックが自分を特別な人間だと思ってるみたいなニュアンスですが、それだとちょっと違和感が。

原作でも映画でも気ままで楽天家なようなキャラが表に出ているジャックだけど、家族に恵まれなかったイニスの前では自分の家もうまくいってないみたいに話をあわせたり(実際しっくりはいってなかったんでしょうが)、毎年実家に帰って牧場を手伝ったり、けっこう彼は彼なりに真面目な人だったのかもなと。

投稿: ぐり | 2006年3月28日 (火) 22時45分

ときどきって? 4年に一度か?」(オリンピックかい!)

ぎゃはは!びあんこさんのここのコメントで、バカ受けてしまいましたよ。私。だって真面目な話をされていたと思ったんだもん。日本語版dvdでも同じ日本語字幕が出たら、きっとここで思い出して笑っちゃうかも!?

「耐えるって、いつまで?」
「耐えられる限り。終わりはないんだ」
ここで、原語脚本には、二人沈黙、(夜空の)星を見上げる
と書いてあるけど、たしかジャックはイニスの頬を慰めるようにそっと手の甲で撫でてから、ぐいぐいっとわずかに揺らしてたはず。
(ジェイクの手が好きなので、とても記憶に残っている!)切なくって好きな場面です。が、原作者のプルーが「(元々はモーテル
での会話の続きだった)二人の間の感情的なズレが物語の中では、こちらの場面で決定的になっていたはずなのに、映画では、最後の逢瀬の口論場面の方へクライマックスとして移されたのが当初不満だった」というようなことを言ってましたね。彼女は映画を観た後納得してくれたそうですが、私は原作を読んだ時点ではそう気づきませんでした。びあんこさんは翻訳本をお読みになった時、その違いに気づかれました?日本語翻訳本が来週には到着しそうなので、読み直してみようと思います。

投稿: みちる | 2006年3月28日 (火) 21時38分

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